- 2010年1月12日 19:06
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同級生と年賀状を交わしたためなのか、明け方、長野県歌「信濃の国」を歌っている夢を見ました。ふる里を離れ 45年になり、小学校や中学校の校歌は忘れてしまったのに、県歌の歌詞は自然に浮かんできます。
各県に県歌があっても殆ど歌われないようですが、長野県人は殆どの人が県歌を歌える珍しい県で、ナショナリズムの根源だとも言われているようです。同級会などでは、必ず「信濃の国」を歌って終わります。
長野と言わず、信濃と呼ぶのは、廃藩置県の頃、長野県と筑摩県に分かれて地域対立が激しく、県民意識の一体性を高めるために信濃という古い国の名前にして歌われたようです。残念なことに歴史を教わらなかったので、何も知らず歌い続け、9年間も歌っていましたから記憶に残ったようです。
県歌には、地理、産物、名所、偉人などが歌い込まれていて、信濃の国の特徴、概要が自然と覚えられるようになっています。当時は、考えもしなかったのですが、ふる里を離れて歌詞を思い出すと懐かしくなります。
私のふる里は、武田信玄の頃は信濃の国と認知されていたようですが、江戸時代には尾張藩の領地となり、いまの岐阜県に属していました。明治になって長野県に統一されましたが、平成の大合併で県境を越える合併が行われたりして、小さな郡になってしまいました。寂しいことです。
年に一度くらいふる里を思い出すのも良いものですが、小学校のころ見た島崎藤村記念館にある「血につながるふるさと 心につながるふるさと 言葉につながるふるさと」と書かれた扁額がいつまでも忘れられません。
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